脳が生み出す「火事場の馬鹿力」
日々快適に過ごすためには、身体の健康のみならず、心の健康も大切です。
心の動き・働きはさまざまですが、今回は感情についてお話ししたいと思います。感情は、物事に感じた時に湧き上がる気持ちのことで、喜び・悲しみ・怒り・恐怖などが含まれます。
その中でも、コントロールすることが難しいのが「怒り」の感情です。
この感情は爬虫類や哺乳類も共通して持っています。危険にさらされたときに、攻撃する、または逃避するために素早く応答するための脳の仕組みです。「火事場の馬鹿力」も同じ仕組みでおこります。
怒りの感情は病のもと
一方で、この感情は暴言や暴力、自傷行為といった、人生を破壊しかねない行動につながることもあります。加えて、健康にも悪影響を与えます。カナダ・コンコルディア大学の研究グループは、2019年、怒る頻度の多い高齢者は、炎症のレベルが高く、心臓病・関節炎・がんなどの持病を持っている頻度も高いことを報告しています。
それでは、怒りの感情に対し、どのような対策を行えばよいでしょうか?この問題に答える、利き手に関した興味深い研究報告がなされています。
感情をコントロールする逆利き手の作業
アメリカ・テキサスA&M大学の研究グループは、2011年、右利きの試験参加者に、左右どちらかでボールを力一杯握ってもらい、その後怒らせる、といった実験を行いました。そうしたところ、右手(利き手)でボールを握っていた参加者は、左前頭部の脳の活動が活性化するという、典型的な怒りのパターンを示し、攻撃行動が多くみられました。一方、左手でボールを握っていた参加者は、この現象が観察されませんでした。
更に2012年、オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学のトーマス・F・デンソン博士は、試験参加者へ2週間、利き手とは反対の手で簡単な動作(パソコンのマウスを使う、コーヒーを混ぜる、ドアを開ける等)を行うことを試しました。この条件では、参加者は、感情を抑えて考えながら慎重に、集中して動作しなければ失敗してしまいます。その過程で、参加者は自然と感情を制御することが上手になったと報告しています。
以上から、利き手と反対の手を意識して生活することは、怒りの感情を制御しやすくする効果があると考えられます。
感情と理性
健康は、ふたつの心のバランス
アリストテレスの残した以下の言葉があります。
「怒ることは簡単なことだ。しかし、正しい人に、正しい程度に、正しい時に、正しい目的、正しい方法で怒ること。それは簡単ではない」。
人間らしさ、といえば、感情豊かな人物を思い出す方も多いと思います。一方、理性的な言動も、極めて人間らしい性質です。心身共に健康で、社会のなかで快適に生活するためには、感情と理性ふたつの心の動きを見つめ直し、上手に付き合う工夫を常に行っていくことが大切なのかもしれません。